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| ティムガッドの考古遺跡 |
古代ローマのトラヤヌス帝の治世下にあった1〜2世紀に、退役軍人のために建設された植民都市で、四つの地区に分かれ、上下水道と14ヶ所の大浴場を備えていました。
2本の大通りの交差点を賑わせたのは、約3500人収容の円形劇場、トラヤヌス帝の凱旋門、フォルム、バシリカ、市場などの公共建築物でした。
最盛期には、人々が金に糸目をつけずに町を飾り立て、建造物に精緻な浮き彫りや、植物文様などのモザイクを施し、大通りを濃青色の玄武岩の敷石、その他は白い石灰岩の敷石で舗装しました。
しかし、7世紀にアラブ人に征服された町は、8世紀頃の地震で砂に埋没してしまいました。
19世紀末に発見され、良好な状態から「アフリカのポンペイ」と言われています。 |
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