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| 頤和園 |
12世紀中頃に建設された小規模な離宮を前身として、1750年、清の幹隆帝が広大な庭園に整備したものです。
1860年、第二次アヘン戦争中に大きく破壊されましたが、1891年、西太后が復元し、頤和園と命名したのです。
敷地内には高さ約60mの万寿山、西湖を模した人口湖の昆明湖が造成されたほか、西太后によって豪華に改装された仏香閣、政務を執る場所となった仁寿殿、劇場の大戯楼など、数々の建造物が点在しています。
築山(つきやま)や石、池、植栽などで自然景観を模倣した庭園は、建物や楼閣、橋と見事に調和した中国の庭園様式を大表するものです。
それらは、その後の日本や中国、朝鮮半島の庭園に大きな影響を及ぼしました。
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